Day5:サラエヴォのオリンピックスタジアム、セルビア入国

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0




旅行日時:2012/5/1

サラエヴォを去る前に寄りたかったのは市内から山の方に行くとあるオリンピックスタジアム周辺である。
DSC03913

当時の施設が残っており、今でも使われているようだ・・・・しかしこれを見に来たわけではない。
DSC03914

この地区に入ると、一挙に墓地が増える。本来の墓がある坂を下った方に死体をおろす時間も無く、空き地がどんどん墓地になっていった。
DSC03916

そしてここはかつてはオリンピックのグラウンドだったところ。紛争中、この地区は小高い丘になっているせいなのか、沢山の人が狙撃されたらしい。そして一般人も歩いていると狙撃されるような臨戦状況で墓に死体を運ぶ手段も無く、狙撃を避けて早朝か夜に死体をひたすら埋葬した。オリンピックのグラウンドであったとしても、ここに埋めるしか方法がなく、一面墓地となった。平和の象徴のオリンピックが開かれた場所に、紛争で犠牲になった人が埋葬されている、という現実に何とも言えない気持ちになった。
DSC03917

サラエヴォを去っても、時々あの白い墓の群が現れ、ボスニア・ヘルウェゴビナをドライブすると紛争のことは嫌でも感じられた。こんなに見晴らしのいいドライブ道であっても。
DSC02413

ボスニア・ヘルツェゴビナはムスリム人とクロアチア人が住む青のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とセルビア人が住むスルプスカ共和国に分けられている様は地図でみるとこのようになっている。通って来たモスタルは連邦側、サラエヴォも連邦側だがサラエヴォの南にはスルプスカ共和国になっている。そのためサラエヴォは紛争の激戦地になった。実際サラエヴォを出て10分もしないうちに「ようこそスルプスカ共和国へ」の看板が出てきて、それ以降はずっとピンクのスルプスカ共和国内を北上した。
507px-Map_Bih_entities

ボスニア・ヘルツェゴビナからセルビアに抜ける国境はこの当たりを通過。上の地図の右上のビイェリナと言う街を通った。
12-04-27 0 49 27 (2)

こちらはボスニア・ヘルツェゴビナ国境。
DSC02416

割とすんなりスタンプを押してくれた。
DSC02417

ボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアの国境はお互いが離れていた。しかもセルビア入国ですんなりスタンプを押してくれず、私のパスポートを持ってしばらく何やら協議をしており、嫌な雰囲気。。。5分以上は待たされ、後ろの車は不思議そうな目で私を見ていた。何とか入国許可が取れ、無事セルビア入国。
DSC02418

セルビアに入るとしばらくすると高速道路があるのでそれに乗って一路ベオグラードへ。この高速道路はクロアチアのザグレブからマケドニアまで続いている。
DSC02420

ふぅ、ベオグラード市内入った。信号待ちをしていたら、前に止まったバスがセルビアと日本の友好バスだった。日本は結構援助していたようだ。
DSC02421

スプリト、サラエヴォで苦労した駐車場探しもわりとすんなり終え、しかもホステルの人に聞いたら、この日はメーデーで祝日なので、普段有料の市の駐車場もこの日と翌日は無料と!これはラッキーだった。そんなに遅くならないうちにベオグラード到着。
DSC03988

Comments

応援よろしくお願いします!
にほんブログ村 旅行ブログ 女一人旅へブログランキングならblogram
にほんブログ村 海外生活ブログ サンディエゴ情報へ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加