Day4:クタイシの2つの世界遺産・ゲラティ修道院とバグラティ大聖堂、モツァメタ教会。ズグジジへ。

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旅行日:2014/10/6

クタイシには何があるのか?この辺りになるとロシアのおまけで付いてあるコーカサス諸国の地球の歩き方じゃ事足りず、旅行人のコーカサスが大活躍。グルジアでもトビリシ以外を廻るなら必須の書。これに加えてロンリープラネットを見ながら旅行をしていた。

旅行人163号特集コーカサス〜アゼルバイジャン+アルメニア+グルジア
蔵前 仁一 石井 光太 渡邉 義孝 松尾 よしたか 田中 真知
旅行人

噴水広場の劇場はこれ。この裏に廻ってみよう。
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廻ってその辺の人に聞くと確かにマルシュルートカがいた。この教会マークのがゲラティ修道院行き。全く字は読めまへんなw
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15人乗りのバンなのだが、観光客で満員。乗り場に着いたのは少し早いかなと思っていたが、早く着くくらい(15分前)でよかった。そうじゃなきゃ席が無かった。
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満員で少し立つ人もいる状態で11時にマルシュルートカは出発。途中道からゲラティ修道院が見えた。山の中にある修道院なのだ。グルジアの価値の高い修道院はほとんどと言っていいほど山の中だったり、丘の上にあり、おいそれと簡単に行ける場所にはない。人里離れた場所にある物ほど信仰心が高い施設だったのかもしれない。
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そもそもクタイシは今でこそ地方都市だが、かつてはグルジア帝国の首都であり、ゲラティ修道院は12世紀の1106年にグルジア王ダヴィド4世に寄って建設された。ゲラティ修道院は宗教の実践の場という意味合いに加え、王立アカデミーとして教育の中心という2つの機能があった。しかしグルジアがロシア領に編入され、ロシア帝国、ソ連の属国となった以降はグルジア正教自体が独立性を失い、ゲラティ修道院も閉鎖に追い込まれ荒廃が進んだ。しかし、ソ連が1989年に崩壊し、グルジアが独立を果たした後、ゲラティ修道院も復活し、それ以降、修復されつつ今に至るということらしい。

山道をクネクネ上りながらゲラティ修道院に到着。
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修道院の中心となるのが聖マリア大聖堂。約900年前に建てられた建物である。工事中だったが中には入れるので入ってみよう。
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ゲラティ修道院は建物の内側全てがフレスコ画で覆われており、これがまた見事である。建物は900年の歴史があるが、フレスコ画が描かれたのは約500年前と言われる。500年前の絵がこれだけ残っているのいうのもすごい話である。
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ちょうどドームの下が工事中なのだが、本当はそこに全能者キリストの絵があるが今回は見る事が出来なかった。正面内陣に目を向けてみよう。
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正面内陣にはキリストを抱くモザイクの生神女マリアが正面に配置されている。モザイクの細かさと金のきらびやかさに目をみはる。
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そして側面にもくっきりと模様が描かれている。壁でキリストが生まれた物語を語るかのようである。
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上だけでなく、下に至るまで壁画がビッチリと描かれている。
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上の写真に対して右側。
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そして上方に視点を移すと天井に至るまでの壁画。聖人が描かれている。
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反対側も同じように聖人と聖人達の祈りの生活の絵が描かれている。
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とにかくこのゲラティ修道院は絵が素晴らしすぎた。
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どこを見ても、何かストーリーがある気がして、描かれている人の表情などを細かく見始めるときりがない。
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祈りを捧げる箱の彫り物も凝っている。
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祈りを捧げる女性。
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壮大で素晴らしいイコン。
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いつの日か工事が完全に終わると大聖堂の真の美しさは完全に復活するだろう。
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大聖堂の横の部屋にもかなりのフレスコ画が残されていた。
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聖人達。
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約500年の時を経て伝わる壁画はとにかく圧倒された。世界遺産になる価値があるのも納得できる。
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聖マリア大聖堂の外観。この向きは正面に対しての横側だが、長方形に対して三角の屋根を載せるバシリカ洋式が正面方向だけでなくて、横面にもあり、直角にバシリカが交わっているのがとても面白い。
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さて、大聖堂を出、崖の方に近づくと長方形の建物がある。こちらはかつての学校部分とのこと。
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また2階はかつては食料庫として使われていたようだ。
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ゲラティ修道院から見渡す景色。山の上にある教会なので見晴らしがいい。
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大聖堂もその横にある鐘楼も立派。遠かったが来てよかった、と思える修道院だった。
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修道院外にはお土産コーナー。しかしマルシュルートカは1時間半後にしか来ない。ガイドブックにはモツァメタ教会はゲラティ修道院より下って降りるだけだから、40分も歩けば着く、と書いてあるのだが、歩きたくもないし・・・と、そこに若夫婦と赤ちゃんがゲラティ修道院の見学を終え、チャーターしているらしいタクシーに乗り込もうとしているのを発見。最初タクシー運転手に話しかけたら、「ごめん、チャーターなんだよね」と言われたので、若夫婦に「モツァメタ教会に行きたいのだけど、シェアしてくれませんか」と図々しくも交渉。これ逃すと歩かなきゃならないので私も必死。タクシーはクタイシから30ラリでチャーターしているらしく、では私が10ラリ出すのでどうか、というと、それでいいとの事で交渉成立。やった!早速車に乗せてもらってモツァメタ教会に向かった。
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車の中で若夫婦と話をする。2人はウクライナのキエフから短い休みでグルジアに来ていたらしい。赤ちゃんは1歳。2人とも一応英語が話せたのでよかった。車だと10分ぐらいでモツァメタ教会の入口に着いた。線路をまたいだ先に教会に通じる遊歩道がある。
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線路から下るように遊歩道があり、山の中にあるモツァメタ教会が木々の間からちらりと見えた。
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そしてモツァメタ教会はすぐ横に川が流れており、この景色がまた絶景なのだ。
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川がカーブしたところの崖にこの教会が建っているという立地。人里離れたよくこんな場所選んで建てたなぁ、というのが正直な感想。来るのが不便ではあるが景色はよい。
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モツァメタ教会入口。こじんまりとした石の教会だ。
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こちらが聖堂。この教会はモスリムに改宗することを拒否し殺害された二人の兄弟ダヴィトとコンスタンチンを称える教会、とのこと。なかなか生々しい歴史だ。
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グルジア語で読めないが、そういう歴史上の話を書いているのかも。
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聖堂のドアの彫刻。
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聖堂内。ここは新しい感じがすごくする。
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天蓋の絵も復刻させたばかりなのか新しい。
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キリストをかこって飛んでいる2人が殉教した2人なんだろうな。
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出入り口の扉の彫刻も凝っていた。ゲラティに比べると規模も小さいし、絵は復刻させたばかり、という新しい雰囲気なのだが、秘境感のある教会という感じだった。
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教会からタクシーに戻るとちょうど貨物列車が通り過ぎた。廃線の線路かと思ったらちゃんと現役だった。
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たまに他の人のブログでこの線路を歩いている人たちとかいるけど、たまに列車は通るようなので気をつけた方が良さそう。
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モツァメタ教会の見学を終えるとウクライナ若夫婦たちにマルシュルートカを乗った劇場まで送ってもらった。彼らはこれから鍾乳洞に行くらしいが私は興味が無かったので約束の10ラリ(600円)を渡してお別れした。
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次なる目的地はバグラティ大聖堂。ところが私はグーグルマップが示したBagrati Fortressという方に行ってしまい、思いっきり迷った。本当のバグラティ大聖堂はピンが立っている方。
Bagrati_Church_-_Google_マップ

この川から見える丘の上の緑色の屋根の教会がバグラティ大聖堂。しかし丘に登らないでひたすら平地を歩いて行ったら、
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地図の場所に行っても、ここほんとに教会?十字架あるけど、、?
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民家の人に行ったら、違う、と言われたし!萎えてしまったのでこの家からタクシー読んでもらってバグラティ大聖堂に連れて行ってもらった。この民家→バグラティ大聖堂→噴水広場経由でスリコの家で6ラリ(360円)。暑かったし、本当時間の無駄だった!!
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そうしてやっと着いたバグラティ大聖堂。ここが建てられたのもクタイシがグルジアの首都である時代でグルジア王バグラト3世が建てたものなので、彼の名を取って”バグラティ”と名付けた。ゲラティ修道院も歴史は古く1003年に完成したものである。
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しかし、よくよく見るとわかるだろうか?建物が結構ツギハギなのである。この教会は17世紀の終わりにオスマン・トルコに見事に破壊され、修復してここまでになったのだ。
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内部はフレスコ画は無いが、とても高さの高い天蓋である。グルジアでも有数の高さと言われる。
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内部もまだまだ工事中。
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その破壊された姿というのが外に写真で飾ってあった。これは酷い。
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この壊されて物をかつての土台で残っている部分は使い、吹っ飛んでしまった部分は新しい材料で作る、という計画らしい。
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完成するまでもう少し、という感じ。内部がなおればほぼ修復完了なのだろう。
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新しい壁と古い壁。
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大聖堂の丘からはクタイシが一望できる。
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タクシー運ちゃんに待ってもらって、ついでにスリコの家まで連れて行ってもらった。
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結局ランチを食べずに14時半くらいにスリコの家に戻って来た。ランチを食べていないと言ったらメディコが前の日の残りのご飯を暖めてくれ、お腹は満たされた。最後までありがとう、メディコ。お土産のスリコ特製赤ワインも持って、クタイシを後にする事にした。更に奥へ、遠くへ行くのだ。スリコの家の裏からマルシュルートカに乗り、再びクタイシの始まりだったマクドナルドに到着。マクドナルドの裏にクタイシのマルシュルートカ乗り場がある。

次なる目的地はメスティアだった。しかしメスティア行きのマルシュルートカはクタイシからは早朝だけあるとかないとか?まずは聞いてみよう。
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おっちゃん達に聞いたら「今日はもうメスティア行きは無いよ」との事。やっぱりな・・・。なら代替え案は?ズグジジ?どこだそれ?
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とりあえず今日のうちにどこまで行けるかわからないが、とにかくズグジジに行けという事なので、まずはズグジジに向かう事にした。目指すメスティアとその奥のウシュグリまでの位置関係はこのような感じ。クタイシあたりからメスティアまで北上で切ればいいのだが、山があって無理。
Google_マップ

ではズグジジ行きが満員になるのをまつか。待っている間におばちゃんが「ハチャブリ、ハチャブリ」と売りに来た。駅弁の代わりはグルジアはパンなのか。美味しそうなので1つ購入したが、ほかほか、モチモチで美味しかった。
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3時半から1時間待てどマルシュルートカの人は集まらず。。今回は長期戦になりそうだ。同じように待ちくたびれて寝ているおっちゃんがいたw
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暇だから犬遊び。
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遊んでたら他の犬もよって来たし。犬には好かれる。
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結局ズグジジ行きのマルシュルートカは2時間も待つは目になり、3時半にターミナルに来ていたのに出発したのは5時半。料金は7ラリ(420円)。さて今日中にメスティアに着けるんだろうか・・・・。
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結局ズグジジ到着は夜の7時半。そしてもうメスティアに行くマルシュルートカは無いと。マルシュルートカの客は途中で結構降りて、結局夜をズグジジで越さなければならなかったのは私とイスラエル人のカップルの3人だけだった。クタイシからの運転手になんとかしてよー、と3人で駆け寄ると、何と、メスティアに行くマルシュルートカが出る停留所の目の前の家に運転手がいきなり交渉をし始めたではないか。どうも我々3人の宿となる家を探してくれているらしい。運転手が交渉をまとめてくれて、我々3人はマルシュルートカ前の家に今夜はお邪魔する事になった。なかなか大きな家である。
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我々の部屋は居間のすぐ横の部屋。左にダブルベッドがあったのでカップルに寝てもらい、私は右のシングルに寝かせてもらった。シャワールームも広かったし、wifiこそ無かった物の部屋に電源もあったのでしっかり充電させてもらった。宿代はご飯無しで15ラリ(900円)。
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家の目の前の景色。左の車が泊まっているあたりがメスティア行きのマルシュルートカの停まる場所。
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さて、ご飯は出さない宿だったので、家のおじさんが食べるところまで案内してくれるのについて行った。
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泊まる家から10分ほどのBagrationiというレストランに来た。
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グルジアのビール2ラリ(120円)。安い。地元のビールっぽいが読めんw 
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2人が一緒に泊まる事になったイスラエル人カップル。
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店の内部。田舎の街の割にはわりと小洒落た店。
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この日はハルチョと呼ばれるグルジアの辛いスープを飲む事にした。5ラリ(300円)。結構大きな骨付き牛肉が入っていたりする。香草も効いていて、寒いからだを辛さで暖めるようなスープだった。
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そしてここでもヒンカリ。肉補充。1個0.6ラリ(36円)。グルジアは食事が安い上に美味しくて本当満足。
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イスラエル人によると、10月はイスラエルの長期連休と重なるので旅行者が多いという事だった。確かに今回、会う人会う人イスラエル人だった事があったし妙に納得。レストランに送ってくれた家主のおじさんは我々を送り届けたら戻ったので、食後は3人で宿に戻り、シャワーを浴びて、翌朝のメスティア行きのマルシュルートカの準備をした。マルシュルートカはダイヤがある訳ではないらしく、泊めてもらう家の人曰く、大体朝の7時過ぎからだと思うとのこと。いくら窓からマルシュルートカが見えても少々不安なので、朝6時半くらいには起きてスタンバっておこう、と言う事になった。ここまで来てメスティアに行けないのは悲しすぎるので念には念を。

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