アメリカ転職(1)プロローグ・転職活動タイムラインと自分のスペック

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4ヶ月ぶりの投稿になるが、この間アメリカにある会社からジョブオファーを頂き、アメリカで働く事に決め、転職することにした。そのため東京からアメリカに引っ越し、めまぐるしく時が流れた。オファーが出てから日本を出るまでわずか1ヶ月半しか無かった上に、GWをちゃっかり2週間休んで中央アジアに旅行したものだから、実質の日本の手続きは1ヶ月しか時間がなかった。退職手続き、自宅退去、アメリカへの引っ越し、日本にいる友達・これまでお世話になった前職の人々との送別会をこの1ヶ月の時間でこなし、そして渡米。渡米後翌日から転職先の会社で勤務開始し、働きながらアメリカ生活の基盤作りをした。そして今、渡米し3ヶ月目となり、やっと色々と余裕が出て来たので、ブログをそろそろ再開しようと思ったに至る。

今回の渡米は駐在員としてではなく、退職してアメリカの会社で現地採用として働く。それは、いつか日本に帰るのではなく、片道切符のポジション。そのため、多分駐在員であれば、会社がサポートしてくれる諸々のことも、全て自分で行わなければならなかったし、なかなかその情報がインターネットには転がっていなかった。そして前の会社を辞める退職マニュアルも、日本にある次の転職先に行くケースの手引きはあれど、年金など、海外に転職するケースに関する情報は全くなかった。国を越えて転職するという事が、日本の社会ではまだまだ常識の範囲外というのをことごとく知ったのが自分で動いて思った事だった。

そういう事もあって、このカテゴリーでは私のアメリカ転職を通じて、海外に転職するとはどういうことなのか、実際に翻弄された事をまとめる事で、後に同じようなキャリアを歩む人にとって、私の経験が少しでも足しになってくれれば良いと思って書き留めておく事にする。

転職タイムライン

転職先のオファーが出たのが4/14の朝。そう、このブログの最後のアップデートの翌朝のことだった。実はその前の週にアメリカの西海岸にあるエージェントを通じて、skypeでアメリカの会社の転職面接を受けていたのだ。その結果が私が寝ている間に来ていた。”I have a great news!!  XXXX(会社名) would like to extend a job offer to you!!” エージェントからのメールには、そう書かれており、メールをみたら電話を欲しいと。起きて早々西海岸のエージェントに電話。ジョブオファーが出ましたよ、と口頭でも連絡を頂く。日本ではそろそろ起きて会社に行かなければならなかったが、気持ちは興奮していた。よし、次はアメリカだ。そして転職活動も終わった、という安堵。

私はこれまで新卒で入った会社に12年勤めていたのだけど、実は転職活動はこれが初めてではなかった。実際1月には横浜の別の会社のオファーを貰っていた。しかし、その会社は色々な条件も加味するとポジションに100%納得する事ができなかったので、最後オファーを辞退したのだった。そしてそれまでの環境でもう一度頑張ろう、と思ったのだが、頑張りきれないこともあり、再び転職活動を決意したのが3月の末。そして決して海外だけを狙っていたのではなくて、活動の8割は東京での転職活動だったのだが、ふと思ってアメリカにも送っておいたレジュメがとんとんと話が決まり、4月の半ばにオファーが出たという流れ。転職活動仕切り直しをしてから2週間ぐらいで終わってしまった。その間、東京のエージェントを通じて出していた東京の会社は書類審査の結果も遅くて(日系は返事が遅く、外資は早かった)、その結果が出る前にskype面接1発で終わったアメリカの会社に決まったという結果だ。

大体転職したいというきっかけは、現職に何らかの不満が生まれるから考えると思う。ただその不満がマイナーな1つであればまだ思いとどまるところだと思う。しかしそれが3つ、4つと生まれると、もう我慢できない、もしくは、この会社にいても良いのだろうか、と思うのではないか?私の場合は最低3つあった。多分2つまでなら我慢できただろう。3つ以上だとダメかな。

マイナーな1つ2つの不満があった時までさかのぼると、会社を辞めようか、と思った事は何度かあった。考えてみると入社してから常に頭の片隅にあったのは、海外に出るチャンスが欲しかったのだということだった。それは海外出張ではなくて、やはり海外で働きたい、というところにこだわっていたのだと思う。新卒時の就職活動では、最終的に勤める事になる日系の会社と外資系の会社の2つのオファーを貰っていたが、最後日系の会社を選んだのは、外資系は英語は使うかもしれないが、日本のオフィスのメインミッションは日本のマーケットを広げるためにあるのだから、海外で働くチャンスは少ないのではないか、と思い、海外に出て行くには逆に日系の会社でなければチャンスはないのではないか、と思ったからである。

エンジニアとして日系の会社に入社したが、最初の2年間は全く海外と縁がなく、英語を使う事もほぼ無かったが、社内の異動で英語を使う部署に移る事になり、英語で仕事をし、海外でも仕事の場を広めるという目標は海外出張という形で達成された。しかし、働いて数年して、エンジニアという立場では海外出張はあれど、海外赴任のチャンスはこの部署には限りなくない、という事がわかった(事業本部によってはエンジニアの海外赴任もあったが、私のいたところには一塊の選ばれた人にしかなかった)。

エンジニア時代、実は自分では結構迷走していた。海外に出たいと思い、MBA留学を目指そうとTOEFLやGMATを勉強していたのは2010年ぐらい。外部の塾にも通ってお金も注いだし、教材も結構買って投資した。しかし会社を辞めて自費で1000万近い留学費用を払って行って海外で就職できる可能性はあるか、そこが確信できなかったのと、リーマンショック後のアメリカの就職が厳しいとのことで、投資に見合う効果を見いだせなくなってしまい、勉強をいつしかやめてしまった。またあるときは会社を辞めるか休職して青年海外協力隊に行こうか、とも思った事もある。とりあえず英文のレジュメを作っておこうと最初に英文レジュメをきちんと作ったのは2010年の夏頃。この時はエージェントを使わず、エンジニアの職で直接アメリカの会社のCarrerページにレジュメを送っていた。そして2011年3月に実際あるカナダの1社とは電話インタビューをしたりもしていたが、その職はオファーがこなかった。並行して社内異動を考えており、多分海外赴任に一番チャンスの多いのはマーケティングではないかと、その部署の面接を受け、結果として2011年に異動した。そしてこれは自分で選択した異動だったので、外部への転職活動は一旦停止となった。理系から文系職の文転社内転職だったので、勝手も違ったし、覚える事も沢山あり、忙しい毎日のなか、転職は頭から完全に消え、異動先で新しいキャリアを築いて行こうと思っていた。

そして今回の転職活動につながる。まずは2014年の夏にとてつもなく仕事の負荷が増え、残業が100時間を越え、耐えろと言われても耐えきれなくなったし耐える事に疑問を持った。色々な事を自分のせいにされ、今でもはっきり覚えているのは、ある夜、死にたい死にたい、とぶつぶつ永遠とつぶやきながら涙が止まらなくなった。心が病む寸前ってこういう事なのだろうな、とその入口が見えたような気もしたが、それでも会社には行っていた。そして、海外で働く友達の事も知っていたから、この仕事環境が正常の姿ではない、という思いもあり、反動的に一旦は封印していた英文レジュメを3年分のキャリアを足してブラッシュアップした。ただ具体的にな転職活動はこのころは行動は起こしていない。何せ忙しすぎた。しかし偶然的に秋あたりからLinkedinでのリクルーターのお声がけがとても来るようになった。そして実際日系のある会社への次期管理職候補という話を貰ったり、外資の話を貰ったりして、日本語のレジュメもそろえて、面接というものを秋に初めて受け、初めて他の会社のポジションも含めて、自分の今後歩むべきキャリアはどうあるべきか、ときちんと考える事になった。そして年末になり、年始に日系の会社は最終面接まで行ったが、最後ご縁がなく、一方外資のオファーは貰った、が、この時は行くのをやめた。オファーを結果的に受諾しなかった事は、仕事をして行く上で、何が優先事項で、何が譲れないのか、きちんと考えるきっかけにも繋がった。

またもう一度頑張ろう、と思ったのだが、やっぱり頑張りきれず、というか、色々見限ったという方が正しいかもしれない。そう思わざるを得ない、強い出来事が3月の末にあり、もう、この会社には居たくない、7月までには転職しよう、と思ったに至り、転職を再仕切り直しした。その前半年間、レジュメはそろっていたから少しの修正でいけたのもあり、詳細はまた別の章にしようと思うが、この時は行動が早かった。とにかくいろんなところにレジュメを送ったし、リクルーターの面談も受けた。そしてその1つが今回決まったアメリカの会社だったということなのだ。前回の別会社のオファーを受けなかった時によく考えた自分の中の優先順位も整理が出来ていたので、決断も早かったと思う。逆に前が無ければ、もしかしたら即決はできなかったかもしれない。結局最終的には全ての道はここに繋がっていたのだな、と今は思っている。

自分のスペック

人の転職活動というのは自分とスペックがかけ離れていると何も参考にならない、というのが自分で思った事なので、簡単にまとめると、自分は日本の大学と大学院(修士)を卒業し、日本の会社でしか就業経験の無いキャリアである。親も普通の日本人で海外経験は0。自身の就職前の唯一の海外経験は大学院の時1年休学してアメリカで語学留学をしたことぐらいだが、留学とその後就職してからの英語を使用しての業務により、英語のTOEICスコアは最終的には900点台後半まで伸ばす事が出来た。日系企業ではあったが、働いていた会社の環境上、英文メール、英語での会議、英文でのドキュメント作成、外国人が絡む英語の使用は当たり前で、そのような環境で働いた事で留学時に勉強した英語を実践的に使えるようになったと思う。海外出張は数えられない程経験した。転職前は1社の経験しかないが、社内で大きく2度仕事を変わっており、2度目は理系のエンジニアからの文系のマーケティングキャリアチェンジを経験している。

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